先日、司馬遼太郎の歴史小説『峠』を手に取りました。幕末から明治維新にかけて、長岡藩の家老を務めた河井継之助の生涯を描いたこの作品。新政府軍、旧幕府軍のいずれにも属さず武装中立を目指したその生きざまは、多くの人の心をとらえ、発行部数累計約400万部、2022年には映画化もされたベストセラーです。読み進める中で、個人的に最も印象に残ったのは、北越戦争で被弾し死を覚悟した河井継之助が、その傍に従っていた外山脩造(幼名: 寅太)に、以下の言葉を託した場面でした。
「寅や」と、外山脩造にいったのも、そのときであった。
「このいくさがおわれば、さっさと商人になりゃい。長岡のような狭い所に住まず、汽船に乗って世界中をまわりゃい。武士はもう、おれが死ねば最後よ」
(司馬遼太郎『峠』新潮社)
河井継之助のこの言葉は、外山脩造ののちの運命に大きな影響を与えました。小説は河井継之助が息を引き取ったところで完結しますが、外山脩造はその後実際に、慶應義塾で学び、大蔵省を経て第三十二国立銀行の総監役を務めています。さらに、欧米諸国を視察し、銀行の手形割引業務と信用取引の拡大のため、経営や資産状況を把握し公表する機関が日本にも不可欠だと痛感すると、帰国後、日本初の信用調査機関である商業興信所を大阪に設立。また、現在の阪神電鉄やアサヒビール、大阪ガスの設立に携わるなど、信用調査業と大阪経済界に大きな功績を残しました。
当館では、3月19日に定期刊行物『帝国データバンク史料館だよりMuse』Vol.46を刊行しました。創業125周年記念号である今号、連載企画「輝業家交差点」では、信用調査業を日本にもたらした外山脩造の事績を、京都産業大学の松本和明先生にご寄稿いただきました。河井継之助の精神を引き継いだ外山脩造の、『峠』の後の史実に触れていただく機会となりましたら幸いです。
ぜひ高覧いただけましたら幸いです。